かつて、阿佐ヶ谷に映画館が三軒あった。七〇年代に入ると駅の近くにあるオデオン座だけになってしまった。そこの支配人の県氏も常連客であった。いつも月初めに来店、「今月分だよ」と言って、帰り際に招待券を十枚置いていく。それを映画好きの常連客に配っていた。県氏は独身で、「高倉健と同じ歳だ」が口癖だ。「若い時は映画俳優になりたかったが気がついたら、映画を見せる方の仕事をしている」と、酔っ払うとひとり言のように呟く。ある夜、県氏はめずらしく同年配のステキな女性を連れて来た。焼酎の水割を飲みながら、女性と青春時代に見た懐かしい映画の話で盛り上がっている。それを興味深く聞いていると、私はヤンチャな少年時代を思い出した。

映画をただで見まくっていたのである。映画が終り、観客がどっと出て来たところに、まぎれ込んで入ったり、友人五人から一人分の入場料金を集めて、チケットを一枚買い、入場するすきを見て、非常口を開け、外で待っているみんなを入れたこともある。夕方、雨が降るとチャンスだった。傘を持って映画館に行き、「お父さんが見に来ているので、これを届けに来ました」と言って中に入る。もちろん、父など場内にはいない。そんなことをやっていたのは、映画を見るのが目的だけではなく、スリルも楽しんでいた。さらにエスカレートして映画館の裏側にあるトイレの窓から入るのを思いついた。ある夜、トイレの窓から入ろうとして足を入れるとギュッと掴まれた。「しまった」、どうしようと思っていると、中から女性の声が、「だめこんなことしちゃ、そんなに映画が見たいのなら入口にいらっしゃい。今日は勘弁してあげるから、二度とこんなことをしちゃだめよ」と怒られた。入口に行くと若い女性が立っていた。

「君なのね」

私がうなずくと中に入れてくれた。その女性は映画のヒロインの〝天使〟のように見えた。以後、映画のただ見はやめた。

そんな悪だった少年時代を思い出した切っ掛けは、県氏の連れの女性が、かつて阿佐ヶ谷の映画館に勤めていた話をしていたからだ。この女性に〝天使〟のことを聞けば、彼女の近況が分かるかも知れないと思った。二人の会話がとぎれた時、それとなく彼女に尋ねた。

「パールセンターにあった松竹座を知っていますか?

彼女は、「若い頃、あそこにいました」と言い、怪訝な顔をしたので、まさかと思ったが、トイレの話をすると、彼女は立ち上がり、私をじっと見詰める。

「あなたがあの時の少年なの?目の前に足が出てきたので、びっくりしたわ!」

カウンターがなかったら抱きつかれそうだった。

この奇遇な再会のエピソードは、パートナーの初子が音頭を取って結成した〝映画フレンド会〟でも話題になり、ゲストに彼女を呼ぼうという声もあったが、さすがにそれはやめることにした。

映画フレンド会は毎日第三水曜日の七時から会合があり、十数人が集まる。テーブルを囲み飲食をしながら、三時間ぐらい洋画、邦画を問わず、古今の映画のディスカッションをする。

ある晩、「デビュー戦が決まったぞ」と、金子正義がドアを開けながら叫んだ。カウンターの客が一斉に振り向いた。正義は二十六歳。本業はペンキ屋。二十五歳から近くにある石橋ボクシングジムでトレーニング。ジムの帰りに来店し、ビールで乾いた喉を潤している常連客だ。

「よし!みんなで応援に行こう」と立ち上がったのは学生時代に日本拳法のキャプテンだった小宮山晶治だ。

正義の試合は、トーナメントの新人王戦だ。初めて見に行ったのは、たったの二人だったが、彼らがボクシングの面白さを得意げに話すので、正義の試合がある度にファンは増え、準決勝戦までに勝ち進んだ時には、〝正義の後援会〟ができてしまった。会長に元ライト級新人王の咲谷達夫がなった。

映画フレンドの会と正義の後援会は対立はしなかったが、なんとか、この二つの会を統一しようと思い、映画界とボクシング界に共通している著名人のサインを一枚の色紙に書いてもらうことにした。〝四角に賭ける青春〟のタイトルで対談したことがある仮名で書くと同姓同名になる二人を選んだ。日本人として初めての世界王者世界フライ級チャンピオン)の白井義男氏と映画評論家で、『キネマ旬報』編集長(一九六八年から七六年)だった白井佳夫氏である。

まず阿佐ヶ谷在住の白井佳夫氏を訪ねて、「リングとスクリーンは四角です。この四角の色紙に、お二人のサインをいただきたいのです」と、お願いすると快く受けてくれた。ところが、佳夫氏は、「白井義男さんに先に書いてもらいなさい」と言い、「その時、この本を渡してね」と、著書『監督の椅子』を持たされた。

後日、後楽園ホールの解説者席に居る白井義男氏に本を渡し、サインの趣旨を述べると、「分かりました。でも此処では書きません。仕事場ですから、私の家へ来て下さい」と言って、住所と地図を書いてくれた。家は川崎だった。翌日、指定された時刻に訪問をした。奥さんが笑顔で迎えてくれ、応接閒に通された。義男氏は色紙の左半分に、さらりとサインをした後、「この本を白井さんに」と言って、『カーン博士の肖像』を手渡された。その本と色紙を持って再び佳夫氏宅へ。佳夫氏は、義男氏のサインをしばらく見てから、ペンを手にした。サインは表札に書くような端正な文字だった。それはグローブをイメージしたスマートなサインと対照的である。その色紙を見ていると、二人のサイン、それぞれの人生と、ボクサーとライターとしてのプライドが表現されているような気がした。

貴重な一枚である。
                                       【山本晁重朗】