赤ちょうちんで酒を飲むと、ロクさんを思い出す。

ロクさんは、小野田六四郎の愛称で、小太りの風貌は作曲家にしてタレントの小林亜星に似ていた。生まれは横須賀、地元の高校を卒業すると米軍キャンプに就職した。給料は全額預金し、夜は下宿の近くの大衆酒場で働き、酒もタバコもやらずストイックな生活をして百万円を貯えた。

そして上京。阿佐谷の北口商店街スターロードに小さな居酒屋を開業し、店名は髙峰とした。店内はカウンターだけで、メニューはたったの六種類。だが何を注文しても出て来るのが遅い。それでも値段が安いのとロクさんの人柄で繁盛している。学生や、サラリーマンが集まる若者の店だった。

ある時、「煮込みのなかからレシートが出て来た」と客からクレームをつけられた。ロクさんは「オレ、今それをさがしていたんだ。そんなところにあったの?」と、とぼけた。こんなひょうきんなところが客に受けていた。

ロクさんは狭い調理場に小さな椅子を置き、オーダーの無い時は腰かけて居眠りをしている。

ある日、一人で映画館に行った。『ロミオとジュリエット』を、一番前の席で観ていたが、腰掛けると眠る癖がついているので、つい眠ってしまった。ところが余りにもイビキが強烈なので周囲の客が係員に通報した。場外に連れだされ、「入場料は返すから出て行って下さい」と怒鳴られ、金をもらって外に出た。そしてロクさんは、おもむろにポケットからくちゃくちゃのチケットを取り出した。それは招待券だった。

ロクさんは自分の店を会社、住んでいるアパートをマンションと常連客に言う。そして外国人(欧米)を進駐軍と呼ぶ。

ある夜、髙峰にアメリカ人のロジャーと飲みに行った。ロクさんにロジャーを紹介すると、「君は進駐軍か」と言って米軍キャンプ仕込みの英語で、挨拶をした。ロジャーはきょとんとして、私にンチューグンって何ですか?」。ロジャーは流暢に日本語を話す外国人だが、進駐軍と呼ばれたのは初めてだろう。困惑している。私が説明すると納得した。その彼の顔を見てロクさんは「ドゥユーアンダスタンド?」。彼は咄嗟に立ち上がり「イエス〝ラジャー〟」と応えた。ロクさんは「オレは名前を聞いているんじゃないよ」、手を左右に振った。私の隣に居た早大生が笑いながら「〝了解〟と言ったんですよ」。ロクさんはテレ笑いをして頭をかいた。因みにアイスランド人のマギーも進駐軍と呼ばれた。

木曜日はチャンピオンの定休日だ。それを忘れたのか鶴田さんは店の前まで来てしまった。久しぶりに阿佐谷に来たので、このまま帰りたくない。そこで、ロクさんの店に行くことにした。髙峰とチャンピオンは客が行き来する同盟店になっている。そこに行けば顔見知りの誰かがいるはずだ。

鶴田正浩は大手レコード店新星堂の重役だ。彼は誰とでも気さくに応対するチャンピオンの人気者である。そして三代目のフレンド会の会長に選ばれている。鶴田さんは知らなかったようだが、ロクさんも鶴田さんのファンだった。

その日から数日後、来店した鶴田さんは、ロクさんの店に一人で行った日の体験談を、ウイスキーのオンザロックを飲みながら話してくれた。

店内に客が三人いたが、チャンピオンとの共通の客は居なかった。ロクさんは私が一人で来たのを凄く喜んでくれて、会話が弾んだ。気がつくと十二時近くになっていた。しこたま酔ってしまい、帰ろうとするとロクさんが「オレのマンションに泊っていきなよ」と言うので、その気になって看板まで飲んだ。「さあ帰りましょう」と言われてロクさんのマンションに向かった。ライオンズマンションの前に立ち止ったので「ここですか?」と聞くと「いいえ、この裏です」。そこはJRの線路際のオンボロアパートだった。モーフを一枚貸してくれたので、それをかけて寝転んだが、クーラーが無いので窓を開けっぱなしにしている。蚊にさされるし、電車の音が聞える。その上、ロクさんのイビキが強烈なので一睡も出来なかった。それでも酔っていたので少しは眠ったようだ。目が覚めた時、ロクさんはまだ眠っていたので、そのまま帰った。翌日、電話でお礼を言うと「オレの会社で飲んだ時は、またマンションに泊って下さい」。その声を聞いていると小林亜星が扮する寺内貫太郎のとぼけた姿とダブリ、脳裏をかすめた。

鶴田さんはロクさんとのエピソードを笑い話にしてしまった。そんなところが鶴田さんの魅力なのかもしれない。

ある時、私は安いツアーにロクさんとラーメン屋の太郎チャンを誘い、フィリッピン旅行をした。そのとき、ロクさんは空港のロビーにアロハシャツで現れた。「ハワイに行くんじゃないよ」と揶揄され、「これはオレの一張羅なんだ」と照れた。「そりはいいけど、どうして前掛けを締めているの?」。ロクさんは下っ腹をおさえながら「これがないとズボンが下がってしまうんだ」と苦笑した。そして珍道中が始まった。旅の終りに宿泊したホテルのロビーをバックにし、ツアーで知り合った人たちをストロボカメラで写していた。それを見ていたロクさんが、「オレに撮らせろ」と言うのでカメラをわたした。ロクさんはぎこちない手つきでカメラを額に付け、シャッターを押した。その瞬間、顔が真白に光った。プリントするとロクさんの大きな目玉が写っていた。

あれから三十年。今でも思い出は尽きない。
 享年五十歳。

 数少ない遺品の中に、松本清張の著書『球形の荒野』があった。

 

 戦争の終らぬ星の星まつり       三輪初子
                                       【山本晁重朗】