あるテレビ局の番組で、池上彰が1990年2月11日に東京ドームで挙行された世界ヘビー級タイトルマッチにまつわるエピソードを披露した。2月11日は私の誕生日なので、その日のことは良く覚えている。

 常連客にスポーツライターの藤島大氏がいる。彼が書くコラムに“いつもの酒場”が時々登場する。そこは、洋食店兼酒場の“チャンピオン”であると。その藤島氏が世界ヘビー級のタイトルマッチのチケットをくれた。マイク・タイソンにジェームス・ダグラスが挑む試合だった。

 チケットは二枚ある。カウンターの席で飲んでいる六人の中から誰を誘おうかと迷っていた。ドアが開き、「ごぶさたしました」と言いながら、ジョナサンが入って来た。彼は日本に二十年も住んでいるので、日本語はペラペラ。

「昨日までロンドンの実家に居たのです。」

それを聞いた世界情勢の話が好きな咲谷氏が、「ロンドンに居たのですか、それではロンドンから見た東京はどうですか?」と質問した。ジョナサンは両手で目を隠しながら、「私は目が悪いのでパリまでしか見えませんでした」と答えた。爆笑!質問した咲谷氏だけがキョトンとしていた。私はその時、ジョナサンを誘うことに決めた。

当日、東京ドームの入口でジョナサンと待ち合せた。ドームの中に入るのは初めて、五万人収容出来る会場だけあって広い。中央にあるリングが小さく見えた。貰ったチケットは六万円の席なので、かなり前の方かと思っていたら、リングから20メートルぐらい後方の席だった。

「ここからではよく見えない、今からジプシーウォッチャーをするぞ」と言うと、ジョナサンは怪訝な顔をしている。

「フォロー ミー」

まだ、前座試合が始まっていないので空席が目立つ。手始めにリングから後方10メートルぐらいの所にある空席を選んだ。二人で座っていると、間もなく中年の男性が二人、チケットを見ながら近づいてきた。私は、すくっと立ち上がり、「何番を、お探しですか?」と聞いた。

Hの21と22番です。

「その席ならここです」と指をさすと、座りながら「ありがとう」と礼を言われた。広い会場で自分の席を探すのは容易ではないのだ。

「次はあそこだ、前から七番目」

そこでも同じことをして次の席を探した。「これが、ジプシーウォッチャーだ」と言うと、「サンキューと言って握手する人もいました。これはジプシーガイドですよ」と、ジョナサンは楽しそう。

そうこうしているうちに、前座試合が始った。

「さあ、これから我々の席を決めなくては」と言って、リングサイドの最前列の中央に目を付けた。試合が始まっているのに空席が二つあったからだ。

「あそこが穴場だ、行こう。」

前座試合が終わっても、そこには誰も来なかった。ジョナサンは親指を立て「ラッキー」。

私の右側に、三、四人の外国人が居た。彼らは、ファイトしている選手に野次を飛ばしたり、ビールを飲みながら大声ではしゃいでいる。ここが空席だった原因は彼らの存在かも知れない。ジョナサンの耳元で、「あの人たちは、どこの国の人?」と聞くと、「あのマナーの悪い連中は、アメリカ人です」と、イギリス人は冷ややかにつぶやいた。メインイベントのゴングが鳴ると彼らの声は更に大きくなり、タイソンがダウンした時は、中央に居た男が立ち上がり、腕を振り回して怒鳴っていた。11bこのシーンをあのテレビ番組で、池上彰が思い出させてくれたのだ。それは、池上彰がエピソードの中で、「四十三歳のトランプがタイソンの試合をリングサイドで観戦していたのです」と言ったからである。

私は即座、ジョナサンのケイタイに「あの時、金髪の大男がいたでしょう。大声で怒鳴っていた」と言うと、「そう言われてみれば、あの男がトランプだ!私たちはトランプと同じリングサイドに居たんだ。明日、会社で話題にします、今夜は眠れない!」と興奮していた。

その指で、すぐに『ボクシングビート』誌の元編集長のナンバーをプッシュした。前田氏に話すと、驚くと思ったが、素っ気なかった。

「トランプはボクシングのプロモートもしていたんだ。そんなことはボクシング関係者なら誰でも知っているよ。エッ、知らなかったの。」

ショック、私も今夜は眠れない!

                                      【山本晁重朗】