小雨が降る夜だった。ソー君が久々に顔を見せた。ソー・ウィリアムスはシンガポールの留学生で、定食屋の「王将」でアルバイトをしている。日本語、英語、中国語を話せるが、中国語以外は、あまり巧くない。英語はTHの発音が出来ないので、「タンキュー」になる。ブルー・スリーのマニアックなファンで、ブルー・スリーの映画は全部見ていると自慢する。ソー君もカンフーの経験があるので、私にボクシングとカンフーはどっちが強いか!と何回もチャレンジしていたが、実現しなかった。

ソー君は突然言い出した。

「私は阿佐ヶ谷に二年近く住んでいましたが、来週、国に帰ります。タンキューでした。」

居合わせた常連客が、「送別会をやろう」と言うと、「タンキュー、でも時間がありません」と言い、私にシンガポールの住所と電話番号を書いたメモ用紙を手渡し、「晁さん、必ず来て下さい、紹介したい人がいます」と言い、ビールを一本飲んだだけで帰ってしまった。そこに、たまたま海外旅行会社に勤めている小川氏がいて、「バンコク、シンガポールの四泊五日の観光ツアーがあるよ、行ってみたら」と言うのを聞いていた初子が、「バンコクには常連客だった青島さんがタイの女性と結婚して、現地にいるでしょう、会いに行けるじゃない」と言うので、そのトラベルがすぐに決まってしまった。

数日後、来店した、『ワールドボクシング』誌の編集長の前田氏に、「バンコクに行くなら、世界Jバンタム級チャンピオンのカオサイ・ギャラクシーを取材してくれないか」と頼まれた。私は早速、青島氏に手紙を書いた。

バンコクに着くと青島氏に電話を入れた。添乗員に二日間の合間に自由時間をもらい、青島氏にカオサイが所属するギャラクシージムに案内してもらった。カオサイに英語で挨拶をし、名刺を出すと、私の顔を見て、たどたどしい日本語で、「アナタ日本人?私のフィアンセも日本人です」と聞くので、「そうです」と答えると、強持てのボクサーは笑顔になり、私の注文通りのファィティングポーズを撮らせてくれた。取材が終わった時、彼は、「今度私の家に来て、フィアンセを取材して下さい。フィアンセの由美子は日本人に会いたいと言っています」と英語で話し、住所と電話番号を書いた紙をくれた。

次の日、シンガポールの空港に着くと、ソー君が出迎えてくれた。彼の隣に見覚えのある女性がいた。ソー君は、「私の奥さんです」と紹介した。その人は台湾の留学生だったマーさんではないか!マーさんは、ジョナサンが二年前に店に連れて来た女性だ。ジョナサンは、『ジャパンタイムズ』の記者で、都内に住んでいる外国人に会うと店に連れて来る。今までにアメリカ人、ロシア人、アフガニスタン人、カナダ人らを私に紹介してくれたイギリス人である。マーさんは気さくな人で、日本語の発音がセクシーだと言う人もいて、当店のマドンナだった。その彼女が二カ月前に突然、姿を消してしまったのだ。私は思わず、「そうか、ソー君がマーさんを拉致したのか、君は凄い!スーパーマンだ」と言うと、ソー君は、「いいえ、ドラゴンです」と答える。ドラゴンはブルー・スリーの役名である。

数年後の深夜、青島氏とバンコクの野外レストンで飲んでいると、警官に職務質問された。腰につけたピストルを物珍しそうに見ていたからだろう。私が、「カオサイに会いに来たのです」と答えると、怪訝な顔になった。そこで、カオサイと私のツー・ショットの写真を見せた。警官の態度がとたんに変カオサイ&晁さんり、ビールを一本ご馳走してくれて、「何か困ったことが起きたら、ここに連絡しなさい」と、カードまでくれた。カオサイの写真は水戸黄門の印籠のような威力があるのに驚いた。引退してもカオサイの人気は衰えていない。世界Jバンタム級タイトルを十九回の防衛記録を残して引退、皇太子(現国王)の媒酌で日本女性の由美子さんと結婚した。

翌日、バンコクの郊外にあるカオサイの邸宅に電話を入れた。約束の時間より、三十分早く着いてしまった。カオサイは笑顔で迎えてくれて、「私のワイフです」と由美子さんを紹介し、応接間に通された。正面にある飾り棚の中央にチャンピオンベルトが置かれ、そのまわりには数え切れないほどのトロフィーが無造作に置いてあった。カオサイの隣に座り、通訳をしてくれている由美子さんとはこの日が初対面である。写真で見るより遥かに美人だ。眼が大きくて、肌の色は南国の直射日光を拒むかのように白い。スンナリとした脚、背はカオサイより少し高そう。豊かな表情と声優が台本を読むような口調に知性を感じ、とても魅力的だ。そして、流暢なタイ語を話す彼女が、「この一年ぐらい日本語でお話をしていないのです。今日はたくさんおしゃべりをしましょう」と身を乗りだした。

「それでは、カオサイさんとの馴初めを聞かせて下さい。

平成元年四月八日、カオサイは横浜文化体育館で松村謙二の挑戦を受けるために来日した。たまたま、その試合の招待券を手にした由美子さんが、女友達と大阪から観戦に来ていた。試合後、ホテルのティールームで友人とおしゃべりをしていると、突然背後から誰かが話してかけてきた。ナマリのある英語だ。振り返ると、小一時間前、リング上で日本の選手を殴り続けていたタイ人だった。これが、カオサイとの出会いである。由美子さんは、社交辞令でサインを求めたりしているうちに祝勝会に出席するはめになってしまう。会場は、新宿のタイ料理店。そこまで行くマイクロバスの車中で、カオサイは由美子さんの自宅の住所と電話番号を聞き出している。カオサイは帰国すると、ラブコールとラブレターの猛攻撃。その熱意にうたれ、バンコクに行くことにした。一週間の滞在中にカオサイの素朴でやさしい人柄に触れ、生涯を共にする決心をした。

カオサイのプロポーズの言葉は、「ボクには、お金も土地も車もある。無いものは一つだけ、それはワイフです。ボクのワイフになる人は、あなたしかいないのです」だったと。言い終わると、由美子さんはカオサイと目を合わせて笑った。帰り際にご馳走になった手料理を誉めると、由美子さんは、「今度お会いするのは、あなたのお店〝チャンピオン〟にしましょう」と言ってくれた。

その言葉に、〝期待〟して豪邸を後にした。
                                       【山本晁重朗】